necokarin’s blog

馬麺酒歌猫他諸々

Mの法則〜根幹と非根幹で大体は分かるのだ☆ ②


近代競馬発祥とされるイギリス。


王侯貴族らの所有馬の優劣を決めるために始まったとされておる。


当初はマッチレーススタイルで

行っていたらしい。


騎士道精神、紳士淑女の国や。


正々堂々と雌雄を決するのが肝要やて、


公正を図るためにも、


整備された競馬場を作るのはもちろん、


斤量や馬具など、様々なルールを細かく定めて行くのが、当然やった思う。


その過程で、


馬が最も実力を発揮できる距離とは…


即ち、

本質的な優劣をハッキリつけられる距離とは…


それについても、根本的な所から考えるようになったはずや。



また。所有馬の能力を高めていくためには、


血統配合の研究


調教技術の進化


この二つが

大きくモノを言うわな。


特に、調教技術。


血統配合でいくら速い馬が作れても、

乗り手の言う事を聞かないようでは

競走には勝てへん。


馬を身体的成長だけでなく、

精神的にもコントロール出来るよう、成長させる必要がある。


そこで、効率良く成長曲線を高められるよう


専門家が現れるようになった。

調教師や。



彼らにより、馬と人間による、

様々な試行錯誤、改善と改悪が繰り返される。


そうするうちに、


やはり、馬本来のバイオリズムは無視出来ない!


その本質に行き当たったんや思う。



※ 馬の身体のリズムはハロン」という単位で測られる ※



恐らく、、競走馬の調教方法は

そこから確立されていったんやないか。


ハロン単位を踏まえて調教を積んだ馬の方が、

人間とのコンタクトも上手に取れる…


つまり、競走に強い馬が育っていく。


特に、2ハロン単位で走らせるのが

農耕馬の往復のリズムから見ても想像出来るように、


力を発揮させやすい。




そうやってだんだんと…


馬の真の能力を公正に競わせるなら、



※「2ハロン」単位の距離で競わせるべきだ  ※



という結論に辿り着いた。




これが、根幹距離の始まりや。













と、


ワシは推測しとる。笑



分からんで、ホンマは。



でもな、


世界中どこの競馬場もトレセン


コースには必ず、


ハロン棒が立っておる。


長〜い競馬の歴史で色々な変化があって、


消えていったものはたくさんある筈やのに、


なんでこのハロン棒は無くならんのや?



それは取りも直さず、


人が馬と折り合うために



どうしても必要やからや❗️



「競馬」というても、

結局は人間主導の競技や。


何やかんやいうても、

人間がやりやすいように作られとる。



人間はその性質上、

陰と陽、終と始、善と悪、、、

2つの異なる事象の比較で物事を判断しがちや。

片方だけでは収まりがつかん。

森羅万象、

収まりがつく数字があるとすれば、

ほとんどは偶数や。




せやから、


馬の「ハロン」と人の「偶数」という


両者のリズムを最も効率よく折り合わせる距離が、


競馬における、


「根幹距離」となるのが、自然の成り行きっちゅうワケやな。



最も伝統と権威があるとされる


イギリスダービー🇬🇧」


約2400mで行われるのは、



いわば、必然なのだ☆












でもな、



実際の競馬は、


非根幹距離のレースも多く、


非根幹距離のG1も多い。




なんでやねん❓




これはワシの仮説やが…




仮説の仮説の仮説ばかりやが…笑

的外れやない思います




非根幹距離のレースは、


いわば、


ハンデキャップレースみたいなもんやと


思うねん。



近代競馬の黎明期〜


次第に賭けの対象としての側面が見え始め、


貴族たちだけでなく、

一般市民にもその対象が広がり始めると、


ブックメーカー的な胴元が出始める。



胴元とはいえ、王室の息のかかった存在であるのは間違いなく、

その存在が、王侯貴族らにとってのオイシイ財源に替わっていったというのも、想像に難くないわな。



オッズが偏っては売り上げに響くで、


古くからある、カントリー競走やったものを

障害競走として整備し直して施行したり、


斤量に差をつけたハンデキャップレースを施行したり、


色々と工夫したんやろな。



ただ、馬主からしたら、大事な愛馬を過酷な競走形態で壊されたら叶わんでよ、


そこで取り入れたのが、


非根幹距離による重賞レースや。



イギリスの主要競馬場は、一応、正確に距離計測をしたうえでスタート地点とゴール地点を決めておって、

根幹距離のレースを基準に開催しとったんやが…


(もっとも、近年、再度測り直したら、微妙に距離が間違えとったっちゅう、情け無い事実が発覚したんやけどな笑)


 番組編成上、非根幹距離のレースを組み入れる方が、紛れが生じ易く、予想が難しくなり、高配当のレースが増える。

よって、また売り上げが伸びる。

何より、勝ち馬の血統の偏りを防ぐことができるで、

主催側にとって都合がええんや。



実際、根幹距離で活躍した馬が、非根幹距離のレースで、

ダークホースに足をすくわれる…


そんな事が頻繁に起こるようになった。




人間と馬との、

長年にわたる折り合いの歴史に、

また新たな転換期が訪れたんや。



人間の手の内に入る、常識にかかる馬が

根幹距離で勝ち


人間の手の内に収まらない、クセの強い馬が、

非根幹距離で勝つ。



現代に通じるそんな違いが、



競馬が産業として発展していく過程で、


生まれてきたんやないか…



ワシはそう考えてまんねん。




要するに…



根幹距離とは


最も人馬が一体となりやすい、極限を試すに相応しい施行距離であり、


それは、


ハロン✖️偶数 の距離である。



非根幹距離とは


馬も人も、噛み合わせにくい状況下で施行される、若干歯切れの悪い距離であり、


それは、


ハロン✖️奇数の距離である。




また、


非根幹距離に分類される



ハロン✖️実数外の距離


即ち

1150m、1700m、2500mなどの距離体系は



更に、人馬の呼吸を噛み合わせにくい、


正攻法での予想が難しい距離体系である。



(ワシはこれを個人的に、準非根と呼んでおります。)



根幹、非根幹の違いは、

ざっとこんな感じで説明できると思います。



せやから、

根幹距離向き、非根幹距離向きの馬がおるのは確かやし、


根幹向き非根幹向きの血統もあると思うてます。


根幹向き非根幹向きの違いが、騎手にもあると思うし、

厩舎や、馬主の好みにも現れておると感じてます。




今週のジャパンカップ🇯🇵



ワシは、


伝統的チャンピオンディスタンスである


このレースを、


根幹距離向きか非根幹距離向きかという視点を軸に予想し、


的中🎯したいと思うてます。



今年は、


結構、ハッキリ分かれとるで。 




その辺りは、また後ほど…










今、ざっと浮かぶのは





レイデオロ






そんなところで、



今日は終いや^_^





ではまた☆